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アルジャーノンに花束を

アルジャーノンに花束を

アルジャーノンに花束をを読み終えた。

 

教養は人と人とのあいだに楔を打ちこむ(障壁を築く)可能性がある。

知能は人間に与えられた最高の資質のひとつですよ。しかし知識を求める心が、愛情を求める心を排除してしまうことがあまりにも多いんです…

 

彼が頭が悪いときに彼に命令する立場に居たものは彼の知能が発達してもなおその関係を固持するためにやっきになる。このとき彼らがとる行動は論理的な会話をするのではなくあたかもその発言に変更の余地はないような命令を下す。彼らは対話によって支配することがもはやできないのだと自覚しおそれているのである。

この描写は多かれ少なかれ自分の経験したことに似ている。俺は小さいころから両親と言い争いによくなった。記憶の中では姉がそのような言い争いを両親としている風景はまったくない。時には自分の発言が絶対的に正しいのだと子供ながら確信したこともあるがそれでもなお俺の発言に与えられる両親からの評価は「屁理屈」だけである。一時期子供の権利について真剣に考えていた。俺は自分の言葉が彼らの耳から脳みそに届かないことに関して一種の人権侵害のような危機感を感じていたのである。

 

チャーリーとアリスが外で抱き合っているときにチャーリーは見知らぬ少年が外から自分たちを見つめているのを発見する。その後もこの少年は登場するのだが、次第にこれは知能のなかった彼自身であることがわかる。人は何かをきっかけに別人になった気分になるかもしれないが、その別人の自分を元の自分は監視しているのだ。

 

私のアリスに対する気持は、私の学習の流れに逆らって、崇拝から愛へ、好意へ、感謝へ、責任感へと転じていったのだということがようやくわかった。

人間は常に相手の価値と自分の価値の相対のなかで関係を築いている。家族、恋愛、教育、すべてに存在する相対関係の軸を描写している。

 

アルジャーノンは人より賢くなりその知識を振りかざすことがどれだけ虚しいことかを自覚した。なにも知らず笑顔を笑顔として受け取ることの大切さを知った。俺は行動の裏を考える傾向がある。だれかに褒められたら、その人物が本当に俺を尊敬してその言葉を言っているのか誰にでもいい顔をするための社交辞令として発しているのかを考える傾向にある。しかしこれを素直に、盲目的に受け入れることができたら世界はなんとすばらしいのだろう。

しかし同時に俺は今までの自分を捨て、否定する必要はない。過去の時間に存在した俺は未だ俺である。俺はたった一つの存在でありその表現が違うだけなのだ。

 私は一個の物であるばかりでなく、ひとつの存在の仕方でもある――数ある存在の姿のひとつ

 

ぼくはウォレンに帰るんだ。あそこまでは追ってこられまい」 「ええ」と彼女は認めた、「おそらく、あなたを訪ねることもないわね。あなたがいったんウォレンに入ってしまったら、あなたを忘れるように努めるわ。そんなことはしないなんてふりはしない。でもあなたが行くまで、あたしたち、はなればなれでいる理由はないわ

期間限定の関係だとしてもそれを拒否する理由なんてほとんどの場合ない。かつての自分がそうであったように多くのひとは結果に重きをおきその過程を無視する。しかしその過程自体刹那の結果の集合ともいえる。この一説にかんして言えば終わりの瞬間ひどく傷つくにしてもそれ以前の各瞬間において累積した幸福が十分に大きければよいではないかという考えに基づいていると言える。

 

われわれがもっているものは、大方の人々が一生かかって見つけるものより大きいと思う

チャーリーの知能が低下してきたときに二人は衝突しがちになった。そのときの発言だ。人々は困難な場面に遭遇したとき自分の人生を恨むが、その苦難を誰かと共有したときに発見される何かは多くの人が平凡な人生で遭遇する数数のできごとよりもよっぽど価値のあることだ。俺はAdaに恋をした。彼女は俺が今まで実際に見た人間の中でもっとも美しいといっても過言でなかった。しかし彼女は離婚協議中で自閉症の息子もいる。俺達は精神的に愛し合っていたが彼女のすべてを背負う自身はなかった。彼女との将来を考えたときに血の繋がっていない子供を家族に受け入れることや養子について考えるようになった。また美人と結婚したい理由が子供の美しさを求めるためだったが自分に種がないとして養子を受け入れたとき子供の養子は選べない。この状況で子供を愛せるのかなど考えた。俺は自分が子供に与えられる愛情の種類として先天的、遺伝的なもの、つまり容姿についてや身体的優劣についてと、後天的に与えられるもの、すなわち経験であったり経済的余裕であったりを考えていた。そしてどちらも大切だと考えていたがその片方しか与えられないとしたらどうなるのかと悩んだ。結局は「そうするしかない状態なら」という結論として後天的な愛情を思い切り注げばいいと思うようになったが、おそらく俺は子供をつくることができるし子供を産める女性と結婚するだろう。さて、ここからはAdaとのこととは関係なく、のちに呼んだ本と自分の考えに基づく話だが、女性の選び方として性格はどうでもよく容姿だけを重要視していた俺であるが今では性格の重要度が非常に大きいと考えるようになった。俺の父親は俺が幸せになるようにあらゆる努力をしてくれていたと思う。しかしながら結局は俺は父親と同じ空虚なプライドをもった寂しい人間になってしまった。つまり後天的な愛情では変えることのできない何かがある。それとは愛情を与える人間の考え方だと思う。つまり親が幸せでないかぎり子供を幸せにすることはきっとできないだろう。だから俺はパートナーの条件として幸せな人と付け加えるし、俺自身幸せになろうと努力しなければならない。

 

この本の中で一番すきな一説だ

「ねえ」と、私はしゃがれ声で言った。「もっと楽にしたら? 肩によりかかればいい」私が腕をまわしても彼女は黙っていて、私を見ようとはしない。音楽にひたりきっていて、私のしていることに気づいていない様子だった。私にこんなふうに抱かれたがっているんだろうか、それともじっと我慢しているのだろうか? 腰のほうに手をすべらせていくと震えているのが感じられるが、それでも彼女はオーケストラのほうをじっと凝視している。音楽に心を奪われているふりをしていれば私の行為にいちいち反応を示す必要はないわけだ。彼女はいま進行していることを知りたくない。遠くを見つめ音楽に耳をかたむけている限り、寄りそっている私や体にまわされた腕などは彼女のあずかりしらぬことだ。高尚なものに心を奪われているあいだに私に体を愛撫してもらいたいのだ。私は荒々しく彼女の顎をこちらに向けさせた。「どうしてぼくを見ない? ぼくが存在していないふりをしているのか?」 「ちがうわ、チャーリイ」彼女は小声で言った。「あたし、自分が存在しないふりをしているの」

 

これも好きだ

あとでギンピイが悪い足をひきずてきてチャーリイもしだれかがおまえを困らせたりだましたりしたらおれかジョウかフランクをよべおれたちがかたをつけてやるからなといった。おまえにわともだちがいるってことをおぼいといてもらいたいなそれを忘れるなよといった。ありがとうギンピイとぼくわいった。それで気ぶんがなおった。  ともだちがいるのわいいものだな…